甘いもん好きおやじのブログ

日常の面白いことを描きます。

「蠕動で渉れ、汚泥の川を」を読んで西村賢太を忖度

時系列的には苦役列車で、イカだのタコだのの冷凍の塊を運んできたころの一年前くらいの話になります。

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なんと、洋食屋でコックとか出前と言った今までとは趣向の違うバイトをしています。
相変わらずの書き割り、話の流れは、これまで読んできた方にとって安心して読むことが出来るものになっています。
そして、今回は初期のような濃ゆい目の文章と表現が多いので、その点でも満足出来ると思います。
ちょっと、原点回帰した感じですね。

話は、幸運にも自芳軒という洋食屋のバイトにありつけた初日から始まります。
最初は新しいバイトに胸を躍らせる貫太ですが、やはり徐々に仕事内容への不満や同僚への不満が噴出し、挙句には自ら自爆と言う道を選んで、続行不可能な形で全てをうっちゃって逃亡するかのように終わらせてしまいます。
この辺りの流れは毎回同じなのですが、やはり最初から「来るぞ、来るぞ」と期待させられてしまいます。
始めは口中のみで呪詛っていた貫太が、自分の身勝手な願いが叶わないと分かると得意の開き直りで、啖呵を切るところは一種のカタルシスですね。
起承転結で言うところの結になるのでしょうか。
全ては、ここに至るまでの設定と物語と人間関係なんだと思います。

相変わらず難しい言い回しや単語も出てきますが、今回は、「忖度」と言う言葉が随所に出てきます。
この小説は2014年にすばるに掲載されていたようで、今2017年流行の「忖度」はこのころ流行っていません。
後に政治の世界で流行するところを見ると、先見の明があると言うか、言葉のチョイスは相変わらず優れてます。
「東京方眼図」「根が余りにもXXX」「遠国者」とか古っぽい表現を貫太は良くするが、その世界に「キュロット」「インチメート」とか横文字を入ってくると、途端に貫太が時代錯誤者のように見えてくる。
恐らく、この言葉の混ぜ方は意図的なんだろうけど、そうすることで緩急が付くというか、貫太がいかに落伍者と言うか取り残されている感じと言うのが良く伝わる。
そして、滑稽で面白い。
他の人は現代風の物言いをしているのに、貫太だけが昭和初期の文学青年のような物言いをしていて、それで会話が成立しているのも、何だかこれと同じような気がする。
要は、貫太は別世界の人なのかなとも思ってしまいました。
ゲスなところも相変わらずで、バイト先の女の子を「練習台」として品定めした挙句、失格の烙印を押したならば、優越感の目で馬鹿にするという最低さでした。

読む側としては貫太視点で話が進むので、貫太に寄った見方をしそうになりますが、やっぱり違うだろってなって踏みとどまってしまうくらい、酷いことをやっています。
それでいて、貫太弁護というか周りのせいでこうなったみたいな理由や心理描写が解説されるため、周りが悪いと納得させられそうになります。
この納得させられそうになるのが面白かったりします。

個人的に一番面白かったのは、後半の誰もいなくなった店内での悪行の限りでしょう。
ある理由で自暴自棄になった貫太が、店の商品を好き放題食べまくったり、同僚の女の洋服にやましいことをしようとします。
いつもよりも過激です。
落ちて行くところまで落ちて行く心地よさと、もう頑張らなくてもいいんだという気楽さ、悪いことを周りのせいで俺はこんなふうなことをせざる負えないんだと思いながらやってる感じは、何か誰にでも経験がありそうで、自分も身につまされました。